私はそのコメントに対しては県を代表するという立場よりも個人的な見解でよろしいでしょうか?
私は韓国の中の慰安婦が実際存在したかどうかというのは歴史認識としては、歴史確証は非常に難しいものがあると思います。これは、戦争はいつでもそうなんですけど勝った側と負けた側の議論が違ってくる。それは仕様がないことだと思いますね。それが客観的にあった場合、ない場合という事は両面から検証されなければいけないと思います。
ただ、日本側の議論としては、あそこの時には韓国は日本に併合されていた。これは、どういう理由でどういう経緯で併合されていたかどうかは別にしてあそこはあの当時日本国であった。日本国の中の娼妓といいますかね。こういう言葉は良くないんでしょうかね。女性の方が性を仕事とされる。ということは一つのルールであった。たとえば赤線というのがございました。一つのルールであった枠内だということを日本側は恐らくそう解釈してるんだと思うんです。
それが正当なルールであった。もっと言うと、その頃にその女性の方は日給にして500円か600円。その当時兵隊さんが3円とか5円の時代だったと思うんですけど、そのときに数百円の高いお金を貰っていた、ということもあって商売としては、非常になり手が多かった。というような事を日本国側からの解釈でやっていると思うんですよね。
私の立場としては、韓国側は「韓国併合は、併合からもう日本は侵略戦争であった」という主張されています。この侵略戦争であるというのとそうではなかった、非侵略戦争・・・ これは歴史認証が必要だと考えてます。この歴史認証が、まずなされることが前提としてないとこの議論は発展しないと思います。
つまり、正しい歴史認証が前提となりうる上の議論だと考えております。で私は、日本側の議論を正とするあれば、それが正義だとするのであれば、例えばですよ、私はあれは正しかったのではないかと、もしその歴史認識が違うと、日本軍に娼婦として行ったんだと、娼婦として無理やり連行されたんだというような歴史認識が事実があれば、これは糾弾されるべき問題だと考えています。
きっちりとした答えになってないと思いますけれど歴史認識あるいは実証が検分されない限りこのようにはコメントは難しいという立場です。
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実際はかなり慎重な言い回しのようです。
ともあれ勝者と敗者では歴史に対する見方が異なることや、客観的な事実検証が必要なことを指摘したのは非常に重要ですね。「歴史認識の一致」を求めてくる中国・韓国に対する批判とも読めますし、河野談話はまさに「客観的検証」がなされないまま出されたわけですから明らかに河野談話批判とも読めます。
慎重ではあるが、非常に日本の立場を考えた、しっかりと歴史を勉強した方の発言であることは確かのようです。
http://www.janjan.jp/government/0703/0703141675/1.php
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動画あるようです。
参考までに
宮崎県民として、そのまんま東氏の知事就任は、晴天の霹靂といった言葉そのままの出来事でした。
就任後、精力的に知事の仕事をこなし、宮崎のアピールに勤しむ、その姿は、県民に今は好意的に捉えられているみたいです。
慰安婦問題については、意見百出。
その立場立場で、様々な意見が行き交っていますね。
しかし、それは歴史的認証がなされた上で、行われなければ、不毛な議論のやりとりになりますよね。
自分もそのまんまさんの意見は、妥当と考えますね。
でもごめんなさい。私は件の県知事の言葉を聴いておりません。ここはご挨拶だけしておきます。かさねがさねすいません。
だいたい、県政とどう関係があるの?
TB記事は全て保留しています。今日貴方の記事を公開したのですが,未だ私の blog には出ていません。パソコンのソフトもハードも素人で,どうなっているのかは私には分かりません。
宮崎県知事の御意見についてコメントする立場にはないと考えています。
私の従軍慰安婦問題についての考えについては私の Blog 「日本の対外戦争と世界の情勢」:http://aiaiwa.at.webry.info/
をお読み下さい。