またバカ左翼が喜んで天皇至上主義者が動揺するネタが出てきたらしい
わたしはどちらかというと右寄りの人間ということになるとは思うが、
わたしは小林よしのりなどと同じであくまでも天皇制を支持する人間だから
天皇個人がどう考えていようが知ったこっちゃない
昭和天皇がA級戦犯合祀に反対だということは
昭和天皇がバカだったか宮内庁がちゃんと説明してこなかったかのどちらか
また、戦後は日本全体が左翼国家だったのだから昭和天皇自身もその影響を受けたということも考えられる
そもそも何ゆえいわゆるA級戦犯合祀に反対なのか理解に苦しむ
好きに思っててくださいな。
あなたとは違う理由ですが、私も天皇の個人的感想は総理の靖国参拝とは別物と思っています。ただ、一つの歴史の生き証人としての昭和天皇の言葉を、あなたの言葉よりもずっと尊重します。
昭和天皇がA級戦犯の靖国合祀に不快感を表明したことは、既に富田メモによって明らかである。このメモによれば、昭和天皇が不快感を示したのは、1988年(昭和63年、天皇崩御の前年)4月28日であった。今回の卜部侍従の日記によれば、全く同年同日に昭和天皇が卜部侍従にも全く同じことを語っていたことになる。
ここで筆者なりに不思議に思うことがある。「昭和天皇が何故、A級戦犯合祀後、10年も経ってから、このような発言をしたか? しかも何故亡くなる前年にこのような発言をしたか」ということである。
天皇の立場にあれば、1978年のA級戦犯合祀は事前に察知できたはずである。合祀前に、天皇として強く異議を主張できたはずである。
ここからは筆者の推定である。
1978年以前の昭和天皇は、戦争責任は自分にあったことを自覚していた。
確かに、戦争当時は、御前会議なる物があり、国家的重要問題は最終的には御前会議で天皇出席の下で決定された。現実の戦争遂行はA級戦犯の人びとによって推進されたとは言え、天皇は戦争遂行の最高責任者であったことは否めない。
事実、彼は、日本に進駐してきたマッカーサー元帥をGHQに訪問して面談し、「戦争の一切の責任は自分にある。その責任を一身に負いたい」と申し出て、逆にマッカーサーを痛く感激させた。GHQは日本に天皇制を維持することを考慮し、天皇を不問に付し、その代わりにA級戦犯に一切の責任を負わせて死刑に処した。そしてA級戦犯の人びとは、戦争責任は自分達にあり、昭和天皇には全く関係ないとまで言い張って、昭和天皇を、かつ天皇制を護持した。
このようなA級戦犯の人びとにたいしては、昭和天皇はどのような思いがしたことであろうか。恐らくは、強い同情の念と深い慙愧の思いがあったに違いない。そこにはこれらの人びとの霊を祀り慰めたいという思いはあったであろうと推察される。
そもそも靖国神社なるものは、対外的な宗教法人ではなく、日本国内向けのものである。昭和天皇は、太平洋戦争を戦った相手国の感情の反発はそれ程
重大かつ厳しくなるとは想像もしていなかったに違いない。これが昭和天皇がA級戦犯の靖国神社合祀を、恐らくは知りながら、反対しなかった大きな原因であると推定する。
ところがA級戦犯が靖国神社に祀られてからの中国や韓国からの反発が予想を上回るものがあった。これは昭和天皇の靖国参拝を不可能にした。これは、恐らくは日本政府、靖国神社、昭和天皇には、予想外であったのではないか。
昭和天皇という立場であれば、その行動に公式と非公式の差というものがない。全て公式なのである。非公式であっても、太平洋戦争で戦没した人やA
級戦犯の霊を祀る神社に詣でることが出来ない。これは極めて不本意なことであったに違いない。
昭和天皇が亡くなる前年に、A級戦犯の靖国合祀に反対であったことを表明したのは、生前、靖国神社に参詣して、
A級戦犯の人びとも含めた戦没者にたいし慰霊の誠を捧げることが出来なかったことにたいする慙愧の思いと、非情な国際政治への激しい怒りと非難を内に秘めたもののように思えてならない。このように、物事を逆に捉えるのは筆者の思考パターンが捩れて曲がっているためだけとは言い切れまい。